2025年7月の日米関税交渉
――背景・合意の全容・経済と政治への波及
これまでの経緯
- TPP離脱で始まった緊張(2017)
米国がTPPを離脱し、「米国第一」の通商方針が鮮明に。 - 自動車セクターへの Section 232 調査(2018–19)
米商務省が自動車・部品輸入を“国家安全保障上の脅威”とみなし追加関税を示唆。 - “ステージ1”の日米貿易協定(2019)
農産品・デジタル貿易のみ限定合意。自動車関税交渉は先送りに。 - 包括関税構想と 90 日猶予(2025 年 4 月)
トランプ大統領が10〜30 %の一律関税案を提示し、7 月 9 日までの猶予期間で交渉を迫る。 - 最終盤の交渉
日本側は石破首相が直々にワシントン入りし、「一律 15 %」と対米投資パッケージで妥協点を模索。
どう合意に達したのか
- 最大の交渉カードは 25 %の自動車追加関税。日本は「25 %→15 %」への引き下げを最重要目標に設定。
- 日本政府系金融機関による 総額 5,500 億ドル規模の対米投資 を提示したことで米側も政治的成果を確保。
- IEEPA(国際緊急経済権限法)関税は米国内で違憲訴訟が続いており、双方とも“早期着地点”を優先。
合意の内容(要旨)
区分 | 主なポイント |
---|---|
関税率 | 相互に 15 % を上限。自動車・部品も 15 %。既存で 15 %を下回る品目は従前どおり。 |
投資パッケージ | 日本の政府系金融機関が最大 5,500 億ドルの融資・出資枠を設定(半導体、医薬品など)。利益配分は米 9 : 日 1。 |
農産物 | 日本は輸入米のミニマムアクセス枠内で米国産を 75 %増。トウモロコシ・大豆などで追加 80 億ドル購入。 |
非関税障壁 | 米国車の型式認証を簡素化し、米規格を日本で初めて承認。 |
未決事項 | 鉄鋼・アルミの 50 % 関税、為替条項は継続協議。 |
今後の経済への影響
日本
- 自動車各社のコスト削減:25 %追加賦課を回避し年間数千億円規模の負担減。ただし従来 2.5 % → 15 % に上昇するため、価格転嫁余地が課題。
- GDP 押し上げ効果:一時的な不確実性解消で 0.1〜0.2 % 程度の下支えとの民間予測。
- サプライチェーン再構築:カナダ・メキシコとの関税差をにらみ、北米生産比率を再考。
米国
- 関税収入と投資流入:追加関税と 5,500 億ドル投資で製造業・インフラに追い風。
- 消費者物価への影響:日本車値上げがインフレ要因となる可能性。
- 同盟国との交渉カード:欧州やメキシコへの高関税圧力を継続し、さらなる譲歩を迫る構え。
日本の政治への影響
- 政権支持率テコ入れ:7 月 21 日参院選で与党が過半数割れ寸前。政府は本合意を“最良のディール”として実績アピール。
- 農業票への配慮:コメ輸入は既存枠内に収め、JA への反発を最小化。
- 野党の追及ポイント:野党は「15 %でも実質増税」と批判し、物価高・円安と絡めた論戦を展開へ。
まとめ
今回の合意は「25 %の壁」を回避しつつ、投資と市場開放で痛み分けを図った妥協策である。15 %という水準は高関税時代と比べれば依然として重いが、短期的には企業と市場の混乱を抑える効果がある。一方で鉄鋼・アルミや為替条項は未解決であり、2026 年の USMCA 再協議や次期米大統領選の行方によっては再び交渉が激化する可能性が高い。