円安の次に「ドル安」は来るのか——基軸通貨ドルの行方と、次の座を狙う通貨・ステーブルコインの現実的シナリオ
先に要点
- 足元の相場観:2025年は年初来のドル安局面が意識されつつも、10月時点では材料次第で上下(利下げ観測・米中摩擦・米金融政策への不確実性)。主要ストラテジスト調査は3~12か月での緩やかなドル安を示唆します。
- 構造的な地位:それでもドルの覇権は堅固。外貨準備の約56%がドル、FX取引の88%にドルが関与。決済通貨でも人民元は**約2.9%**程度にとどまります(2025年時点)。
- 「脱ドル化」の現実:原油やLNGで人民元建て個別案件は増えていますが、広範な通貨シフトには数十年規模の時間が必要という見方が主流。BRICSの**共通通貨は現状「構想止まり」**です。
- もしドルが基軸でなくなるなら:対抗馬はユーロ/人民元/SDR(IMF特別引出権)/金・通貨バスケット/デジタル(ステーブルコイン)。ただし単独で「ドルの代替」になり得る通貨は今のところ存在せず、実態は**多極化(マルチポーラ)**が現実的。
- ステーブルコインの可能性:2025年、米国で安定通貨(ステーブルコイン)の包括法が成立し制度設計が前進。決済・貿易・資産トークン化を通じてドル圏のデジタル延長として拡大する公算が大。
- 日本の実務インパクト:円安・ドル安の**「綱引き」**に備え、期間別シナリオ管理とヘッジ、ステーブルコインの社内実験(小口越境支払・在庫ヘッジ)まで、短期で動ける施策を提示します。
誰に役立つ記事か(利用者像を具体化)
本記事は、為替に敏感な日本企業・投資家の皆さまを主な読者として想定しています。
- 輸入依存度の高い小売・メーカー:原材料・仕入の円安負担が大きく、ドル安転換の兆しで価格・在庫戦略を見直したい方。
- 越境EC・SaaS:海外売上が増える一方、決済・送金コストをステーブルコインで抑えられないか検討中の方。
- 財務・経理・トレジャリー:為替リスクと短期金利低下局面の中で、ヘッジ方針や余資運用を再設計したい方。
- 機関投資家・ファミリーオフィス:外貨準備の配分、金や多通貨バスケット、トークン化T-Billなど代替セーフティの組み込みを考える方。
この記事は、不確かな噂を排し、公開データと一次ソースに基づく実務フレンドリーな判断材料を、やわらかな口調で丁寧にまとめています。必要な数字は本文に織り込み、詳細は末尾の参考資料に整理しました。
1. いま相場で何が起きているのか(2025年10月時点の現状把握)
2025年は年初からドルが下押しされる局面が目立ちました。背景には米利下げ観測の強まりや政治・政策への不確実性があります。もっとも、秋口以降は材料次第で行ったり来たり。10月にかけての市場サーベイでは、**向こう3~12か月での“緩やかなドル安”**がコンセンサスに近い一方、イベントドリブンの戻りも適宜観測されています。
日本側では、円は依然として脆弱。150円台近辺までの円安再燃や、当局の警戒発言・介入観測が繰り返し話題になります。日銀の**政策正常化は“極めて漸進的”**との評価も根強く、円買いのトレンド転換には時間がかかるとの見方が中心です。
要するに、「円安の継続」×「ドル安方向のバイアス」という綱引きの下、対円のドルは方向感が出にくい——これが実務上の難しさです。
2. ドルが「基軸通貨」であり続ける根拠(数字で確認)
ドルは短期の相場変動はあっても、通貨システムの“土台”としてはなお圧倒的です。
- 外貨準備:各国中銀が保有する配分済み外貨準備の約56%がドル(2025年Q2、為替変動調整後でも大きくは変わらず)。
- 国際決済:SWIFT決済で人民元は2.88%・第6位。ユーロやポンドに次ぐとはいえ、ドルとの差はなお大。
- FX市場:BIS三年毎調査ではFX取引の88%でドルが片側に。市場の厚み・流動性・ヘッジ手段は桁違いです。
- 取引規模の最新動向:2025年調査速報では日次9.6兆ドルへ拡大しても、ドルの優位は不変との報道。
このネットワーク効果は自己強化的です。準備・決済・ヘッジ市場がドル中心に整っているため、**「使うから便利」「便利だから使う」**の好循環が続きます。
3. 「ドル安」が続いたら何が起きる?(3つの時間軸での実務影響)
短期(~3か月):米利下げ観測が強まる局面では、ドル指数(DXY)の戻り売りが意識されやすい一方、地政学や通商摩擦で**「質への逃避(ドル高)」**に巻き戻るリスクも共存。ヘッジは段階的・短期ロールが基本。
中期(6~12か月):ストラテジストのコンセンサスは緩やかなドル安。ただし円の独自弱材料(成長・賃金・政策速度)が残るため、ドル円だけは低空飛行のレンジが続く可能性。輸入企業は先渡・NDF・オプションのミックスで平均レートを管理。
長期(2~5年):脱ドル化の議論は続くものの、制度・市場インフラのスイッチングコストは巨大。多極化(通貨の使い分け)が進み、ドルの“相対的シェア”は緩やかに低下しつつも中核の地位は維持、というのがベースラインです。
4. 「もしドルが基軸でなくなるなら?」——対抗馬を冷静に比較
4-1. ユーロ:規模は大、でも財政統合の限界
ユーロ圏の資本市場統合は進展しているものの、単一の安全資産(ユーロ版T-Bill)が薄く危機時の買い手最後の貸し手への信認が米国ほど明確ではありません。準備通貨2位の座は維持するものの、基軸の座奪取は時期尚早。
4-2. 人民元:貿易では存在感、資本取引の制約が壁
中国はLNGや一部資源での人民元建てを推進、GCCとのエネルギー人民元決済も政治的に後押し。ただ、資本規制・法の支配・外貨準備の運用先の深さなど、準備通貨の要件を満たすには時間が必要。**SWIFT決済シェア2.88%**という数字が現実を物語ります。
加えて、サウジ原油の人民元建て本格化は**「時間軸は長い」**との評価が主流。政治・安全保障・為替管理の三重課題が残ります。
4-3. SDR(IMF特別引出権):多通貨バスケットの最有力「理論解」
SDRの構成比はドル43.38%、ユーロ29.31%、人民元12.28%、円7.59%、ポンド7.44%(2022~2027年)。国家間清算では便利ですが、民間決済での普及は限定的。**「理屈は最強、実装は遠い」**が実情です。
4-4. 金・通貨バスケット:補完資産としての役割
外貨準備での金買いは一部で顕著ですが、決済機能や信用創造の観点で通貨代替にはなりにくい。むしろ多通貨・多資産の分散という長期の最適化の中で、徐々にドル比率が下がる——そのような静かな多極化が現実的です。
5. ステーブルコインは「新しい基軸」になり得るのか
5-1. 2025年、米国の包括法成立でゲームチェンジ
2025年6月に上院可決、7月に下院可決し、大統領署名で成立したGENIUS Act(米・安定通貨法)は、支払型ステーブルコインの裏付資産・発行・償還のルールを全米で初めて本格整備。これにより銀行・決済大手の参入と法令準拠の越境決済が前進しました。
ポイント
- 1:1償還、流動性資産の裏付けを義務化。
- 外国発行体やビッグテックの参入条件を規定。
- 監督当局のガードレールを明確化し、システミックリスク抑制を図る。
5-2. 民間発の実装加速:PYUSDやUSDCの多チェーン展開
PayPalのPYUSDはL2拡張や複数チェーン対応を進め、大手取引所・決済網との連携が強化。決済手数料の最適化、即時性、自動清算といった**“現場の痛点”**を解消しつつあります。
市場規模も拡大。トークン化T-Bill(例:BlackRockのBUIDL)はオンチェーンの高流動な安全資産として機能し、安定通貨の運用先と決済レールの両輪を下支えするエコシステムが見え始めました。
5-3. 「基軸通貨の座」ではなく、**“ドルのデジタル延長”**として台頭
ステーブルコインの大半はドル建て(USD連動)。ドルの代替ではなく、ドルをより速く・安く・プログラマブルに使う手段として基盤インフラ化していく見通しです。中央銀行マネーではないため、最後の貸し手としての機能は持ちません。ゆえに基軸の椅子を奪う存在というより、**「ドル圏の拡張パーツ」**になる可能性が高いのです。
5-4. リスク:発行体リスク/スマートコントラクト/オペレーション
- 裏付資産・償還の信頼:規制整備で改善したとはいえ、ガバナンスの質は発行体に依存。
- 技術リスク:ブリッジやコントラクトの脆弱性。
- オペレーション:ミスミント等の人的・システム事故が短時間で巨額になり得る特性。
6. もし「ドルの基軸」が低下していくとしたら——未来像の描き方
A:多極化シナリオ(ベースケース)
- ドルのシェアは緩やかに低下しつつ中核は維持。周辺にユーロ・人民元・金、そしてUSDステーブルコインが機能別に配置。**“使い分け”**が進む未来。
B:分断シナリオ(リスク)
- 通商・制裁の再激化でブロック経済が強まると、人民元圏・ルーブル圏など限定的決済網が拡大。ただし深い流動性の不足が続き、ヘッジ・資金調達コストは上昇。
C:超デジタル化シナリオ(オポチュニティ)
- 規制整備+大手の導入でステーブルコイン/トークン化安全資産が法人決済の裏方へ。貿易金融・在庫担保・小口越境でコスト90%削減の事例が一般化。
7. 日本企業のための実務ガイド(為替×デジタル通貨)
7-1. 期間別ヘッジ設計(サンプル指針)
- 短期(~3か月):分割発注+短期FWDロールで「平均レート」を管理。イベント前はオプション(コール/プット)で両対応。
- 中期(6~12か月):ドル安シナリオを主軸に段階的ヘッジ比率を調整。円独自要因に留意し、ドル円の過度な下押しを想定しすぎない。
- 長期(2~5年):通貨バスケット(USD/EUR/CNH/金)で購買力の安定を狙う。SDR配分を参考にした**社内の“仮想基準通貨”**を設けるのも有効です。
7-2. ステーブルコイン実験のロードマップ(90日)
- Day 1–30:把握と設計
- KYC/AMLワークフローの整備。会計・税務の事前合意。
- ユースケース選定:少額越境支払(サブスクの海外取引先への送金、補助会社間精算)で時間・手数料の差を測定。
- Day 31–60:小規模運用
- USDステーブルコイン(USDC/PYUSD 等)でB2Bのテスト決済。 即時性と手数料差をフィードバックへ。
- Day 61–90:拡張・社内規程化
- 権限管理・アドレス管理・コールド/ホット運用を文書化。
- トークン化T-Billを余資の超短期運用に限定導入(日次流動性・償還性の検証)。
注意:資金決済法等の国内規制や社内統制に必ず適合させましょう。本番移行は監査フレームが整ってから。
8. 投資家の視点:ポートフォリオへの落とし込み(サンプル配分)
- コア安全資産:米T-Bill/日本国債/金。
- 通貨分散:USD/EUR/CNH/JPYのヘッジ付・ヘッジなしの両建て。
- 流動性バケット:USDステーブルコイン(トレジャリー裏付け・大手発行体)を送金・待機資金専用に。
- オルタナ:トークン化T-Bill/Bondファンドで運用効率を改善(プロ口座・規約適合が前提)。
この設計は**「ドルそのものの代替」を狙うのではなく**、局面ごとのクッションとオペレーショナルな最適化を同時に満たす考え方です。
9. よくある誤解を正す(ファクトチェック)
-
「BRICS共通通貨がすぐできる」
→ 公式には計画なし。議論はあっても、実装の見通しは立っていないのが実情。 -
「人民元決済が一気に主流化」
→ 個別の大型案件は増えても、資本規制・市場深度の制約は大きい。**SWIFTシェア2.88%**の現実。 -
「ステーブルコインが基軸通貨になる」
→ ステーブルコインはほぼ“ドル連動”。新しい基軸というよりドルのデジタル延長。ただし決済・清算の効率化では覇権級のインフラになり得ます。
10. まとめ——「熱狂ではなく設計」で勝つ
- 短期相場:ドル安のバイアスはありつつ、イベントでの巻き戻しに注意。段階的ヘッジとオプション併用が賢明。
- 構造認識:ドルは依然“土台”。準備56%・FX88%という巨大なネットワーク効果は一朝一夕に崩れない。
- 将来像:多極化が現実的。ユーロ・人民元・SDR・金、そしてUSDステーブルコインが機能別に棲み分ける世界。
- 実務術:**社内の“仮想基準通貨(SDR型)”**で価格・原価・予算を設計し、越境支払はステーブルコインで実験。余資の一部をトークン化安全資産で高速運用——これが2025年の実装解です。
「ドルがすぐに王座陥落」というドラマは起きにくい——だからこそ、静かなパラダイムシフトに合わせて設計を先に変えるのが、いちばんの近道です。わたしは、**通貨の未来は“誰か一人の王様”ではなく、用途に最適な“共演”**だと信じています。みなさまの現場に、今日から使える意思決定の軸が増えますように。
参考資料(確認日:2025-10-25)
- IMF COFER:外貨準備におけるドル比率(2025年Q2速報) / IMF Data:COFER Q2速報ノート
- BISプレスリリース:2022年トリエンニアル調査(FXの88%にドル)
- Reuters:2025年トリエンニアル速報(FX日次9.6兆ドル)
- SWIFT RMB Tracker(2025年7月号:人民元決済シェア2.88%)
- Reuters:ドル安の年・相場観サーベイ(2025年10月) / 相場レビュー各種(10月) / 市場安定化の戻り記事
- Reuters:日本の為替当局・円相場の最新発言・観測 / 元日銀関係者インタビュー
- 米・安定通貨法(GENIUS Act)関連:上院可決 / 下院可決・署名前報道 / 大統領署名・成立報道
- PayPal:PYUSDのL2展開・利用拡大 / Coinbase×PYUSDの手数料優遇
- BlackRock BUIDL:トークン化T-Billの拡大と機能 / 概説記事・AUM推移 / RWA市場の俯瞰
- 人民元建てエネルギー取引の進展(LNG等) / 習主席のリヤド演説(人民元決済の活用提案)
- BRICS通貨構想の現状(否定発言)
