生成AI「二つの提訴」を読み解く:xAI vs Apple/OpenAI と 日経・朝日 vs Perplexity の論点・勝敗分岐・業界インパクト【2025年8月26日版】
本稿は、①xAI(イーロン・マスク)がAppleとOpenAIを米テキサス連邦地裁に提訴、②日本経済新聞社・朝日新聞社がPerplexityを東京地裁に提訴という二つの訴訟を、「何を争うのか」「勝敗を分ける法的ポイント」「プロダクト・収益・規制への波及」という観点から詳述します。
TL;DR(先に結論)
- xAIの米反トラスト訴訟は、iOSにおけるChatGPTの“デフォルト統合”と自社Grokの可視性低下を独占化・共謀として争点化。市場定義・排除性の立証・消費者厚生が最大の山場です。Apple/OpenAIは統合の利点・非排他性・代替手段の存在で反論するはず。
- 日経・朝日の著作権訴訟は、無断コピー・保存・再利用を複製権・送信可能化権の侵害として主張。日本法のTDM(テキスト・データ・マイニング)例外の射程と出力段階の扱いが焦点。原告は各22億円の損害賠償+差止を請求。
1) xAI(マスク) vs Apple/OpenAI:「デフォルト統合」とアプリ可視性は独禁法違反か
事案の骨子
- 提訴先:米・テキサス連邦地裁
- 被告:Apple, OpenAI
- 原告:xAI と X(旧Twitter)
- 主張:AppleがChatGPT(OpenAI)をiOSに深く統合し、App Storeの露出やランキングで優遇、競合であるxAIのGrokが不利になるよう共謀—競争制限・独占化に該当。損害賠償と差止を求める。
xAI側の法的ストーリー(想定される訴因)
- Sherman Act §1(共謀)/§2(独占化):
- 市場定義:〈モバイルOS上のAIアシスタント流通〉や〈iOS内の生成AIアクセス入口〉といった狭義市場を想定。
- 排除行為:デフォルト設定+深いOS統合+自己優遇(ランキング・露出)が競合排除に当たると主張。
- 害(消費者厚生):選択肢・イノベーションの縮小/価格(利用条件)悪化を示す。
- 救済:差止(統合の変更・開放)+高額賠償。
Apple/OpenAI側の反論の要点(想定)
- 市場は広い:Web・他OS・他アプリ経由で十分な代替がある(競合が排除されていない)。
- 統合の正当化:パフォーマンス・安全性・UXの改善というプロ競争的効率。排他契約ではない/他社も入手可能と主張。
- 自社優遇の限界:App Store露出は品質・安全基準によるもので共謀ではない。
勝敗分岐のカギ
- 関連市場の切り方:*「iOS上のAI入口」まで狭く定義できれば原告有利、「全体の生成AIアクセス市場」*なら被告有利。
- 排除性の証拠:露出操作・ランキング変更の内部文書が出れば原告に追い風。なければUX改善で正当化されやすい。
- 消費者厚生:価格・品質・選択肢の悪化をどう定量立証するか。
産業・マネタイズへの影響
- 端末ネイティブAI vs 外部アプリの分配戦が激化。“デフォルト”の価値が再び反トラストの射程に。
- 獲得コスト(CAC)はOS/端末ゲートキーパーの規律次第で再見積もりが必要。規制・和解で露出ルールの透明化が進む可能性。
2) 日経・朝日 vs Perplexity:「無断コピー・保存・再利用」—日本法で何が争点か
事案の骨子
- 提訴先:東京地方裁判所
- 原告:日本経済新聞社・朝日新聞社
- 被告:Perplexity AI(米)
- 請求:各22億円の損害賠償と差止(仮処分含む可能性)。**訴状は「記事内容の無断コピー・保存・利用」**を主張。
どの権利が侵害されたと主張しているのか(日本・著作権法の枠組み)
- 複製権(著作権法21条):記事の無断保存・学習用コピーが該当し得る。
- 公衆送信・送信可能化権(23条・23条の2):モデル応答や要約の配信・キャッシュの提供などが問題になり得る。
- TDM(テキスト・データ・マイニング)例外(47条の7):機械学習のための複製は一定条件下で許容。ただし出力の提供や二次利用、サイト規約違反の収集は例外の射程外となり得る。
- 引用の適法要件:主従関係・出所明示・必要性等。自動要約・回答が主従逆転なら適法性は弱い。
裁判所は、収集経路(クロール方法・ロボッツ遵守)、保存態様(期間・暗号化・再利用)、出力の態様(どの程度原文を再現するか)を詳細に審理するとみられます。
なお、Perplexityは米NYでのDow Jones等の提訴でも争っており、日本と米国で並行訴訟が進む構図です。
Perplexity側の想定抗弁
- TDM例外の主張:学習のための複製は権利制限に当たる/国外サーバー上の処理で国内法の適用を争う可能性。
- 応答は変換・要約であり実質的な複製ではない(量質的評価で非侵害を主張)。
- ライセンス施策:出版社との新たな支払いスキーム・オプトアウト対応を強調し故意性の希薄化を図る(ただし既存行為の適法性とは別問題)。
勝敗分岐のカギ
- TDM例外の適用範囲:学習のための複製は許されても、出力提供・二次利用まで正当化するかは別。
- 再現度(実質的類似):要約・回答が原文の表現をどれだけ再現しているか。
- 収集規約遵守:robots.txtやサイト規約を無視した収集が不法行為や契約違反の評価に影響。
- 損害立証:代替閲覧・広告収益減などの金額算定モデルが争点。
産業・マネタイズへの影響
- 日本市場では、ニュースデータのライセンスが学習・要約・配信の三層構造で必要になる公算。
- 出所表示・リンクバックの設計標準が事実上の業界ルールに。
- リーガル・ログ(学習源・収集時期・モデル応答の含有率等)の整備が調達・販売条件に組み込まれる見込み。
3) 二つの訴訟の対照表
項目 | xAI vs Apple/OpenAI(米・独禁) | 日経/朝日 vs Perplexity(日本・著作権) |
---|---|---|
争点の核 | デフォルト統合・自己優遇は排除か | 無断複製・保存・出力は侵害か |
法域/法 | 米独禁(Sherman Act等) | 日本著作権法(複製・送信可能化・TDM例外) |
立証の急所 | 市場定義/排除性/消費者厚生 | TDMの射程/出力の再現度/収集規約 |
救済の重心 | 差止(統合の開放)+高額賠償 | 差止(収集・保存・配信)+損害賠償 |
規制波及 | OSゲートキーパー規律(反トラスト) | ニュースライセンスの標準化(著作権) |
4) 事業・投資のためのチェックリスト(実務)
- ディストリビューション戦略:端末ネイティブAI(OS統合)と外部アプリの獲得コストと露出規則を二本立てで試算。
- ライセンス設計:ニュース等の高感度データは学習・要約・配信で別契約/ログ証跡必須。
- プロダクト設計:出所表示・リンクバック・引用要件の自動化、再現度しきい値のガード。
- リーガル体制:モデル・データ・配信に跨る監査可能性(収集経路・TDM適用判断・キャッシュ管理)。
- リスク分散:単一OSや単一メディア依存を避け、複数入口(Web/他OS/サードパーティ)と複数ライセンス源を確保。
参考リンク(一次/主要メディア)
- xAI vs Apple/OpenAI
- Reuters(訴状の骨子・請求):https://www.reuters.com/legal/litigation/elon-musks-xai-sues-apple-openai-over-ai-competition-app-store-rankings-2025-08-25/
- Bloomberg(市場定義・主張の概観):https://www.bloomberg.com/news/articles/2025-08-25/musk-sues-apple-openai-over-alleged-ai-arrangement-on-iphones
- CBS/AP(反トラスト訴訟の位置づけ):https://www.cbsnews.com/news/elon-musk-apple-openai-antitrust-lawsuit/
- 日経・朝日 vs Perplexity
- The Japan Times(提訴先・請求額・差止要請):https://www.japantimes.co.jp/news/2025/08/26/japan/crime-legal/japan-newspapers-sue-ai-startup/
- Financial Times(「コピー・保存」主張の要旨):https://www.ft.com/content/79a88d1a-d914-4188-8792-0a20973b39a1
- 参考:NY連邦地裁でのDow Jones等の提訴は移送/却下を退け審理続行(類似論点の比較材料)
https://www.reuters.com/legal/litigation/perplexity-ai-loses-bid-dismiss-or-transfer-news-corp-copyright-case-2025-08-21/
注:上記は現時点の公表情報に基づく要約です。訴状の補正・答弁・仮処分判断等により評価は変わり得ます。重要な意思決定の前に**一次資料(訴状PDF・裁判所の命令文)**をご確認ください。