CanvaがAffinityを買収した理由と「無料化」の真相——Adobeとの力学、今後のシナリオ、そしてFigmaの位置づけまで
はじめに(要点サマリー)
- 買収の背景:Canvaは“誰でも作れる”カバレッジを既に獲得済み。一方で**プロユース(印刷物・DTP・高精度レタッチ・複雑レイアウト)は弱かった。ここをAffinity(Designer/Photo/Publisher)**で一気に補完し、Adobeの中核領域に真正面から挑む布陣を作ったのが買収の主眼。
- なぜAffinityは無料に?:2025年10月、Canvaは3アプリを統合した新「Affinity」を発表し、“free forever(永年無料)”と明言。プロの下支えを無償化してユーザー基盤と作品資産を広げ、有料のCanva Pro/企業機能(AI・共同作業・配信)へと“上り動線”を設計したフリーミアム戦略だから。
- Adobeとの関係性:AdobeはCreative Cloudサブスク+Expressでピラミッドを掌握。Figma買収の断念(2023年12月)で“クラウド・協働の王道”に一服感が出たタイミングで、Canva×Affinityが下からの無償浸透と上からのプロ機能接続を同時に仕掛けた。
- 今後の見通し:Adobe=高度機能×企業内定着力、Canva=無償拡散力×成長するプロ導線という二極化の深まりが基本線。印刷・出版ワークの一部はAffinityの無償化で価格耐性が低い層から置換が進む可能性。
- Figmaはどう関係?:UI/UXの協働標準として独自路線に回帰。Adobe買収中止で中立性とSaaS拡張が強化され、Canvaの“日常制作”ともAdobeの“制作主戦場”とも接続可能な“中継点”になった。Canvaの無償Affinityはビジュアル制作裾野を拡げ、Figma側の素材/アセット流通を押し上げる補完関係が生まれやすい。
1. 買収の背景——Canvaが“Affinityという階段”を必要とした理由
1-1. Canvaの強みと天井
Canvaはテンプレート・フォント・ストック素材・チームコラボを武器に、非デザイナー層の“日常制作”を席巻しました。一方で、広告代理店・印刷会社・出版・写真レタッチなど精密な制作工程では、色管理(CMYK/スポット)、レイヤーワークの自由度、大規模ドキュメントや版下といったプロ領域の要求に応え切れない場面が残っていました。ここがAffinityの牙城です。
1-2. Affinityの立ち位置
Affinity Designer/Photo/Publisherは、Illustrator/Photoshop/InDesignの対抗馬として、買い切りで堅調に伸びてきました。プロの現場が求める軽快さと精度が評価され、印刷・DTP・個人事業主を中心に確かな支持を蓄積。Canvaに足りない**プロ生産性の“最後の数割”**を埋めるピースでした。
1-3. 競合地図の変化
2023年末、Adobe×Figmaの統合は不成立。UI/UXの共同編集軸が独立路線を継続する中、AdobeはExpressで“日常制作”を取り込みに来ています。Canvaは、Expressが上から降りてくる圧に対抗するため、下からAffinityを重ねてプロに登る必要がありました。買収はその“昇降階段”の増設です。
2. 「Affinity無料化」はなぜ可能か——ビジネスモデルの読み解き
2-1. 統合と無償化の発表
2025年10月、CanvaはAffinityを単一アプリに統合し、**“free forever”**を掲げて再出発。Pixel/Vector/Layoutをモード横断で扱え、Designer/Photo/Publisherの機能を1つに集約しました。Windows/Mac向けが先行、iPad版は追って提供。
2-2. 収益の源泉は“上り動線”
中核機能は無料だが、AI系の一部高度機能(画像生成・自動切り抜き等)やチーム連携・配布・公開・ブランド管理はCanva Pro/有料プラン側へ。つまりAffinity=制作(無償)、Canva=共同制作・配信・運用(有償)というフリーミアムの二段構えで、裾野の爆発的拡大→上位売上の獲得を狙っています。
2-3. クリエイター心理への配慮
Canvaは**「作品はあなたのもの/AI学習に無断使用しない」**と強調。AI時代の信頼コストを意識したメッセージで、無料化への警戒(“ただほど怖いものはない”現象)を抑えに来ています。
2-4. 無料化の戦略的効果
- Adobe対抗:サブスク不要のプロ制作基盤を無償で広げ、“学習コスト”と“導入コスト”の壁を粉砕。
- ネットワーク効果:無償ユーザーの増加はテンプレ・フォント・素材流通を活性化し、Canva本体の価値を押し上げる。
- データ&ワークフロー:Affinity→Canvaに書き出しの導線を作り、コラボ・配信・ブランド運用のSaaSへ誘導。
3. Adobeとの関係性——対峙と棲み分けの最新像
3-1. Adobeの現在地
AdobeはCreative Cloudの完成度・プラグイン生態系・企業展開力を武器に、上から下まで強い。一方、Figma買収断念で**UI/UX協働の“囲い込み”**が進まず、ExpressでCanvaの地盤に迫りつつも、価格と学習負荷での不利を抱える層が残る構図です。
3-2. Canva×Affinityの衝突面
- Photoshop/Illustrator/InDesign vs. Affinity:基本制作の下層は無料Affinityに押されやすい。とくに小規模事業・個人はコスト耐性が低く、Affinityへの移行メリットが際立つ。
- Adobe Express vs. Canva:テンプレからの量産・配信は可処分時間の奪い合い。素材・自動化・AIの質と価格で接戦。
3-3. 当面の棲み分け
- Adobe有利:高度合成/動画・3D・モーショングラフィックス/色管理と印刷の厳密運用/エンタープライズの統制。
- Canva×Affinity有利:導入コストの低い現場/個人・副業/教育/中小制作/“まず作る→配る”迅速性。
Adobeは上位機能と企業統制に磨きをかけ、Canvaは無償広がり×AI×配信運用で外堀を埋める。相互乗り入れも増えるでしょう。
4. シナリオ分析——3年スパンで起こりやすいこと
4-1. ベースケース(最も現実的)
- 無償Affinityの普及:教育・副業・個人を起点に制作層の底上げ。
- Canva Proへの上り:チーム・ブランド管理・配信・AI強化で商用化。
- Adobeは“上から”守る:高度ツール+企業内統制で差別化、Expressの使い勝手改善。
→ 市場は二極化+中間連携。PSD/SVG/IDML互換の実務連携が増え、混在運用が当たり前に。
4-2. 強気シナリオ(Canva寄り)
- AffinityのiPad版が本格化し、モバイル制作の主力に。
- 無償+AI補助でテンプレ外のプロ表現まで射程拡大。Adobeの下層が削られる。
4-3. 強気シナリオ(Adobe寄り)
- Firefly群の品質・速度・権利処理が圧倒的に進化。
- **Expressの企業統合(SSO/権限/監査)**が進み、大企業~中堅の標準を死守。
- Affinityの無料化は**“協働・配信の壁”**で上振れが限定的に。
5. Figmaはどう関わる?——“中継点”としての台頭
5-1. 買収不成立と独立路線の強化
Adobe×Figmaの合併は中止(2023/12)。FigmaはUI/UXの同時編集・設計~開発の連携で不動の地位を維持。AdobeにもCanvaにも寄らない中立は、周辺ツールとの連携強化に追い風です。
5-2. Figma×Canva/Affinityの接点
- 素材パス:Affinityで仕上げたアセット→Canvaで配布管理→Figmaでプロトタイピングという往復。
- ブランド運用:CanvaのブランドキットとFigmaのデザインシステムは用途が隣接し、双方向の変換・同期ニーズが高い。
- 教育現場:無償Affinityで基礎スキル→FigmaでUX設計、という学習導線が定着しやすい。
5-3. Figma×Adobeのこれから
統合は消えたものの、大手現場の“Adobe+Figma併用”は続きます。AdobeはXDの役割を再定義しつつ、Figma向けプラグイン/アセット連携で接触面を保つのが現実的です。
6. 実務インパクト——読者タイプ別に「何が変わる?」
6-1. 企業内デザイン部門・制作会社
- コスト構造:新人・外部協力者にAffinityを標準配布してCCの席数を絞る選択肢が現実味。
- ワークフロー:Affinityでパーツ制作→Canvaで配信運用の分業を設計。ID管理・監査・権限はCanva Business/Enterpriseの要件を精査。
- 教育:無償ツールで基礎→プロ契約で上位の段階育成がしやすい。
6-2. 個人事業主・副業クリエイター
- 参入コストゼロでプロ品質のデータを扱える。印刷・入稿の初歩も学びやすい。
- 収益化:Canvaの配信・販売・チーム仕事で上流の仕事に接続しやすくなる。
6-3. マーケ担当・現場の“つくる人”
- テンプレ一辺倒からの脱却:Affinityで独自表現→Canvaで展開・ABテストという**“差別化→運用”**が軽くなる。
- AIの実装:有料のAI補助(背景除去・生成)はボトルネック解消に効くが、利用規約と画像生成の権利整理を社内ルール化。
7. よくある疑問(FAQ)
Q1. 本当に“Free forever”ですか?
A. はい、**Canvaは明示的に「free forever」**と案内しています。ただし一部の高度AI機能はCanva Proなどの有料層に紐づきます。無料の制作基盤+有料の協働・AI・配信という整理が現実的です。
Q2. 既存のAffinity V2ユーザーはどうなる?
A. 旧アプリの使用は可能ですが、公式サイトのV2配布は段階的に縮小。新Affinity(統合版)への誘導が強まっています。移行ガイドとファイル互換の確認をおすすめします。
Q3. Adobeから移行するべき?
A. ケースバイケースです。厳密な色管理・長期アーカイブ・動画/3D連携が重い業務はAdobeが堅い。小規模印刷・SNS運用・フライヤー・冊子などはAffinity+Canvaで十分な品質と効率を得られることが増えます。
Q4. Figmaはどこに効く?
A. UI/UXの共同編集・プロトタイピングにおいて事実上の標準。Canva/Adobe双方のアセット流通と接続しやすい中継点としての重要性が続きます。
8. 3年ロードマップ(実装のヒント)
- Day 1–30:既存資産の棚卸し(IDML/PSD/SVG等の互換テスト)。配布先(SNS/プリント/広告)のKPIを定義。
- Day 31–90:Affinity無料版でパーツ制作→Canvaで配信の小さな回路を構築。権限・ブランドキット・テンプレ管理を整備。
- Month 4–12:Adobe高機能領域の要否を評価。必要部分はCCを残し混在運用。教育とガイドラインを更新。
- Year 2–3:AI補助の費用対効果を評価し、Pro/Enterpriseの席数を最適化。Figma連携でUI/UX設計→素材制作→配信の一気通貫を磨く。
9. まとめ——「無償の土台」と「有償の運用」が世界を広げる
- 買収の核:CanvaはAffinityでプロ制作の階段を獲得し、Adobeの牙城に挑む準備を整えました。
- 無料化の意味:新Affinityの**“free forever”は制作層を爆発的に拡げる起爆剤**。有償は協働・配信・AIで回収するフリーミアムの再設計です。
- Adobe×Canvaの今後:高度機能と企業統制(Adobe)、拡散力と運用接続(Canva)で二極化が進行。現場は混在運用を前提にベストミックスを探る時代へ。
- Figmaの役割:独立したUI/UX中核として、素材・ブランド・運用のハブに。Canva/Adobe双方と相互補完を強めやすいポジションです。
静かに熱を込めて言えば、“作る自由”のコストがついにゼロに近づいたのです。仕上げと配信の設計を賢く選べば、個人も組織も、これまで届かなかった表現に手が届きます。無料の“土台”で広く学び、有償の“運用”で確実に届ける。これが、Canva×Affinity時代の実利的でやさしい戦い方だとわたしは思います。
参考資料(確認日:2025年11月4日)
- Welcome to Canva, Affinity!(Canva Newsroom/買収発表)
- Canva acquires design platform Affinity(Affinity/Serif 公式プレス)
- With Affinity acquisition, Canva should be able to compete better with Adobe’s creative tools(TechCrunch)
- Affinity says its new Adobe-rivaling creative app is ‘free forever’ – here’s how that really works(TechRadar)
- Canva bets big on a ‘Creative OS’ (Affinity “free forever” を含む)(Reworked)
